979792 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Selfishly

Selfishly

Forty Nine Days  p1


 ~ Forty Nine Days ~
     
        ・・・ 貴方の傍に居られる時間 ・・・


(注*このお話は死にネタです。
                              転生編はございますが、
                              お嫌いな方は避けて通って
                              頂けます様に。m(__)m)



 もし私の我侭を聞いてくれるなら・・・。
 もし私の願いを叶えてくれるなら・・・。
 
 少し無理を伝えます。
 少し無茶を願います。
 
 そして、酷い奴だと思われても、
  この願いを叶えたい。

 そんな私に時間を下さい。
 そう長い間の事では有りません。
 
 そう、一生の長い時の本の瞬きの間くらい。

  それだけで十分だから・・・。





 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 エドワード達兄弟が、最後の生体練成に挑みに出かけた後。司令部では彼らの朗報の便りを待つ面々が、
 過ぎ去っていく月日をジリジリと待ちわび続けていた。
 最初の月には、彼らの体調を慮っていたメンバーも、待つ日々が長くなる毎に、無口になっていく。
 今日には明日にはと思っている日々は、普段の何十倍にも感じられる。
 普段なら、数ヶ月不在が続こうが『元気に暴れてるんだろう』と笑っていられたが、今回は違う。
 彼らの不在の時が、皆の上に重たく圧し掛かっているのだった。

「大将、な~んで連絡くらいくれねぇのかなぁ」
 ふと洩らしたハボックの言葉が、暗い連想を浮かばせてしまう。
「…今回のは今までとは違うんだ。時間がかかるのは、仕方ねぇだろうが」
「判ってるよ! でもさ、今時、どこでも電話線位引いてあるだろうが。
 なら、電話一本くらいは出来そうだと思わないかぁ?」
 そんな事は、今更ハボックに言われなくても解っている。
 解っているからこそ、皆が皆、不安を消して耐えていると言うのに。
「馬鹿者。電話線が有る様な処で、あんな大それた練成が出来るはずがないだろうが」
 背後から返された声に、ハボックが飛び上がる程驚かされる。
「大佐ぁ、驚かさんとって下さいよぉ」
 ずり落ちた身体を立て直して、ハボックが文句を返す。
 ハボックの抗議には耳を貸さす、ロイは泰然とした態度を崩さずにメンバーに声をかける。
「彼らは失敗などしない。それを信じてやれ。
 傍で見守ってきていたお前たちが、信じなくてどうするんだ。
 彼らは成功して必ず戻ってくる。無事にな。絶対だ」
 彼ら兄弟と同様の天才錬金術師のロイの言葉に、沈鬱な雰囲気だったメンバーも、勇気付けられた気になっていく。
「そう・・、そうっすよね! あいつらの事だ、元気に『戻ったぞー』とか言いながら、
 扉を蹴り開けてくるに決まってますよね」
「そうだな。その時には生身の足に戻っているだろうから、扉の被害も軽くて済むだろうしな」
「違いない」
 空元気だけでも取り戻したメンバーに、ホッと安堵の吐息を内心に落とし、ロイは自分の執務室へと戻っていく。
 
「鋼の…、早く戻って、元気な姿を見せてくれ。
 このままだと私の睡眠不足も限界を超えるぞ」
 そう誰とも無く呟くと、焦燥感募らせた重い嘆息を吐き出しながら、
 季節が移り変わる風景をじっと眺めて立ち尽くす。





 *****
 

 数ヶ月前。
 ここ暫く姿を見せなかった少年が、何の連絡も無くひょっこりと司令部に現われた。 
 いつも来たとき同様、賑やかな皆の歓待を受けながら、それまで旅していた話を面白、
 可笑しく皆に話しては笑い合う。そんないつもと変わらないエドワードの様子だったが、
 変わったところがあったとすれば、いつも共に在る弟の不在だろうか。

「なぁ、アルの奴はどこに行ってんだ? 先に宿でも取りに行ってるのか?」
 一向に姿を表さない弟に、痺れを切らせたハボックが尋ねてくる。
「いんや、アルの奴は今回は来てないんだ」
 肩を竦めて答えるエドワードに、珍しい事もあるものだと皆が顔を合わせてみせる。
「今、ちょっと大掛かりな調ものしててさ、俺も直ぐに戻る予定なんだけど、
 先に来れなくなる期間が長くなるって連絡しに来たわけ」
「へぇー、大将も大人になったもんだ」
 からかい混じりのハボックの言葉に、エドワードは大袈裟に顔を顰めて見せ、
 それを見ていたメンバーが大笑いする。そんないつもの光景が繰り広げられるのを、
 ロイは淹れてもらったコーヒーを飲みながら、静かに見ていた。

 一頻り、話に華を咲かせ落ち着いた頃に、ロイの方から声を掛ける。
「鋼の。時間が無いようなら、そろそろ報告を聞いて済ませておいた方が良いんじゃないか?」
 ロイの言葉に、エドワードを取り囲んでいた者達も、長くなり過ぎた休憩を切り上げて仕事に戻る様子を見せる。
「ん…、そうだな。
 しゃーない、面倒くさい報告でもしに行きますかぁ」
 そんな茶化した物言いでも、ここのメンバーは眉を顰めもせず、逆に頑張れよなどの激励を飛ばして返してくる。
 報告はロイの執務室で行うのが常だったから、二人が揃って部屋に入って行くのを気にする者もいない。

 ―――パタン ―――

 小さな音をたてて扉が閉ると、エドワードは先ほどまでの明るい表情を消す。
 ロイはそんな相手の様子を訝しむ事も無く、デスクではなくソファーに腰を下ろして前の場所を指し示す。
 エドワードもそれに習って静かに腰を落ち着けてくる。
 いつもなら頃合を計ってホークアイがお茶を運んできてくれるが、今日は皆と済ませた後で、
 ロイが断っておいたから、二人は向かい合ってただ黙って座っているだけになる。
 エドワードが視線を下に向けて考え込んでいるようだったので、ロイは彼の視線を気にせずに、
 ゆっくりと目の前の少年を眺めることが出来る。彼は元気が良い少年だったから、
 一箇所に落ち着くということが出来ない性分からか、いつもあちらこちらと動き回っているせいで、
 こうやってじっくりと見ていられるのは限られている。

 ――― また根を詰めてたんだろうな ―――

 少し痩せ、薄っすらと隈を作る面を見て、そう思う。
 彼らの旅は無理をするなと言っても、それこそが土台無理な話だ。
 それでも、ロイとしては出来るだけ無茶はしないで欲しいと願っていた。
 ことある度の忠告も、彼が聞き入れる事は無いと判ってはいるが、自分にお構い無しの彼だから、
 煩く言い続ける人間が居る位で丁度良いとも思う。

 ロイにとって、エドワードはただの子供ではない。
 そして、部下と言うのでもない。
 彼の数々の武勲や生え抜かれた能力。それのどれもが素晴らしい事だが、ロイにとってそれは然したる意味を持たない。
 ただ、エドワード・エルリックという存在が、ロイにとっての特別の人間だという事だけだ。
 出逢った時から、この存在を見続けてきた。
 最初は本当に、ただの負けん気の強い子供なだけだと思っていた。
 有り余る能力の使い方を誤った…、そんな馬鹿な子供だと。
 だから、いずれは使える人材だと思って手を差し伸べたのだ。ロイの野望を達成させるには、
 長い年月がかかるし、優秀な人間は何人居ても足りると言うことはない。
 そう思って、助力を申し出て、自分の傍に置いておこうと思ったのだ。
 彼らの探しているモノは途方も無い代物だったから、ロイにしても、
 本当にエドワード達がそれを見つけられるとは、実は思っていなかった。
 だから、負けん気の強い、世間知らずな子供達が、現実の厳しさを知るまでの期間、
 好きなようにさせておこうと思ったに過ぎない。
 無理に行動を引き止めたとしても、彼らが…特に兄の方は納得しないと思われたからだ。
 いずれ、弟のアルフォンスには可哀想だが、彼らも大人になって諦める事を覚え、
 現状で生きていく術を考えるようになるだろうと。そうなれば、この兄弟が生きていける世界など
 限られた場所にしかないと気づくだろうから。

 そんなロイの思惑は、悉く崩され続けていく。
 彼らは決して諦める様子を見せないどころか、一進一退の歩みのように見えて、
 確実に手懸りを掴み、途方も無かった夢を引きつけて、現実にしていく力を養っていく。
 そんな眩いばかりの存在に、惹かれないはずがない。
 闇を知り、闇の中で生きる事を選んだロイにとって、真逆を直向に進んでいく相手を、
 特別な存在と思うようになるのに、そう時間はかからなかった。
 気づけば惹かれ、惹かれてると自覚した頃には、もう随分と魅せられてしまっていた。

 そんな想いと共に、ずっと見守ってきた少年だ。彼が普段を装いながら、何かを秘め、
 決意して現われたことは、ロイには彼が入った瞬間から見て取れていたのだ。だから暫しの間くらい。
 彼が話そうと思い切るまでの時間を待つことくらい、何という事も無い。
 そんな事を、ロイが思って自分を見つめているなど、エドワードには全く予想外の事だろうが…。
 ゆっくりと時間は過ぎ去り、エドワードの面が上げられ、ロイに視線を合わせてくる。
 ロイはその力強い両眼を、眩しいものを見るように目を眇めて、見つめ返す。

「大佐。今日、ちょっと時間貰えるか?」
「時間? 別に構わないが…、今じゃなくて?」
「ああ。出来たらここ以外で話が出来る方が良いんだ」
「そうか…」
 急いでいると言っていた割に、場所を変えてと言うからには、それなりの話なのだろう。
 ロイはぐっと心臓を掴まれた様な感覚を味わいながら、返事をする。
「判った。なら、私の家で構わないか? 時間は…、そうだな、私の仕事が終えてからという事になるが」
 ロイがそう告げると、エドワードは驚いたように目を瞠り、おずおずと伺ってくる。
 その反応も当然だろう。彼を家に招いたことなど、一度として無かったのだから。
「お、俺は良いけど…、良いのか? 家に何か行って…」
 珍しくも謙虚なエドワードの様子に、ロイは小さく笑って、構わないよと返してやると、
 エドワードはホッとした表情になって、小さくサンキューと呟いた。



 それから数時間後、定時で何とか上がる事が出来たロイは、エドワードと家の近くで待ち合わせていた場所へと
 急いで駆けつける。
 残りの仕事を片付けている間も、エドワードから聞く話の事が頭から離れなかった。
 ――― エドワード達の悲願が叶うこと ―――
 それを願って、待ち望んでいたのも本心なら、その日が来る事をずっと恐れもしていた。
 待ち望んでいたのは、一つの決意を秘めていたから。
 そして恐れていたのは、彼らの行おうとしている事が、非常に大きな危険を伴うからだ。
 それでも、ロイに止められるだけの力も無い。下手に止め立てするような素振りを見せれば、
 彼は行方を晦ませてでも行おうとするだろう。そうなれば、ロイとの関係も断ち切られてしまう。
 だからこそ、止めたいと強く思う感情を殺してでも我慢するしかないのだ。
 必ずや、またロイの前に現われてもらう為にも、彼を信じて。
「すまない、待たせてしまったな」
 急ぎ足で歩き続けてきた為か、薄っすらと浮かぶ額の汗を手の甲で拭きながら、
 公園の入り口で手持ち無沙汰に立っていたエドワードに声をかける。
「ん、そうでもない。俺もさっき着たところだから」
 そう答える彼の足元には、司令部では見かけなかったトランクが置かれている。
 多分、どこかに預けてあったのだろう。
 歩き出しながら、ポツリ、ポツリと他愛無い話をしていると、あっと言う間に家の前に着いた。
「へぇ~、ここが大佐の家?」
「ああ、そうだ」
 先に門の鍵を開けながら、中に入って進んでいくと、物珍しそうにキョロキョロと見回す気配をさせて、
 エドワードが付いてくる。
「どうぞ、中は散らかっているがね」
 そう言ってから、扉の中へと招き入れる。
「お・・邪魔します」
 緊張した幾分固い口調でそう言うと、神妙そうな表情で入ってくる。
 ロイは先に中に進んで行き、灯りを点けてリビングへと案内する。
「適当な処にでも座っててくれ。お茶でも淹れてくるから」
「あ、お構いなく」
 その物言いが、余りにもエドワードらしくなくて、ロイは思わず噴出してしまいそうになる。
 司令部では乱暴な言動が目に付いていたが、こうして個人で接してみると、
 彼はなかなかきっちりとした躾を受けていた事が感じられる。

「しかし…、何も無いな」
 我が家のキッチンながら、思わず溜息が出るほど何も無い。元々寝に帰るだけの場所だから、
 不要な物は置いてない。特に食べ物などはアシが早いのもあって、乾物かアルコールかという程度だ。
 ロイは仕方なしに、自分用にはブラックノコーヒーと、エドワードには貰い物で
 封を切っていなかった紅茶を淹れて、持ち運ぶ。
 リビングでは、珍しそうに周りを見回しているエドワードが、キョロキョロと忙しなく首を動かしていた。
「すまないね、茶菓子も無い家なもので」
 そう断りながら、ローテーブルにトレーを置いて、エドワードにカップを渡してやる。
「いや、俺こそゴメン。急に来させてもらって」
「気にする事はないさ。見たとおり、男一人暮らしの殺風景な家だから、気遣ってもらうような事はないさ」
「ん……。何か、想像してたのと、ちょっと違うなぁって俺も思った」
「想像して立って、一体どんな想像をしてたんだ?」
 苦笑しながら聞き返してみると、エドワードは罰の悪そうな表情を浮かべて見せる。
「やっ、あんたのことだから、もっとこう、煌びやかな邸かと」
 へへへと笑いながら告げられた言葉に、ロイも笑う。
「まさか。仕事、仕事に追いまくられてて、家に戻るのもままならない有様では、余計な物にまで気を配るのも疲れるさ。
 それに所詮官舎だからね。移動までの一時しか住みもしないんだ」
 その言葉に納得したのかしていないのか、ふ~んと気の無い相槌を打ちながら、
 エドワードが渡したカップに口を付けている。
 そして、一口飲んでカップを置いたかと思うと。

「大佐。俺ら練成をするよ」
 と、素っ気無くも短い一言を吐き出した。
「………… そうか」
 予想していた言葉だと言うのに、今のロイにはそれだけ返すのが精一杯だ。
「賢者の石は、ある人物に譲ってもらった。それがどうやって生成されたかも解っている。
 それでも、俺はそれを使って、アルを元に戻したい」
「…アルフォンスは、その事を?」
「…いや、あいつには話してない。話せば、優しいあいつの事だ、罪悪感を抱くに決まっているからな。
 アルにはただ、賢者の石が手に入ったとだけ話した」
 ――― そして、罪深き闇は自分だけが被るというのだろう――
 ロイはエドワードのその意思を汲んで、静かに目を閉じる。
 エドワードは、言った限りそれを実行するだろう。
 彼はどれだけの重石を担いで行こうというのか…。
 そしてそれは、全て彼の最愛の弟の為に。
 暗く渦巻くこの感情が、どこから生まれているのかは判っている。
 ロイがずっと持ち続けて来た感情だ。
 エドワードが悲願を叶えない限り、彼がロイを見ること…いや、ロイでなくとも、誰一人をも省みはしないだろう。
 が、叶えるにはリスクが大きすぎる…、それがロイに恐れを抱かせる。
 ロイはカップを置いて手の平を組むと、深い嘆息を吐き出す。
「……で、決行はいつに?」
 ロイが口を開いたことで、エドワードが目に見えてホッと緊張感を解く。
「ああ、直ぐと言いたいんだけど、大掛かりな陣を引くんで、ちょっと時間を食いそうなんだ。
 今から俺も戻って手伝って、陣が完成するのは半月後かな」
「そうか…。勝算はどれ位だ」
 ロイの言葉に、エドワードが言葉を詰まらせる。
「――― 百%と言いたいところだけど…、五分五分・・だな」
 その言葉に、更に深い嘆息を吐きそうになって、ぐっと堪える。
「私に手伝えることは?」
 そう聞くだけで精一杯だ。
 そんなロイの言葉に、エドワードは瞳を瞠り、嬉しそうに微笑む。
「ん、ありがとう。でも、手伝ってもらえることは、今のとこないんだ。
 …あんたには、今まで十分して貰ってきた。それで充分だ」
 そう告げるエドワードの言葉に、ロイは彼に見えない処で拳を握り締める。
 ――― そうだ。今の自分になぞ、彼にしてやれる事なぞ、何一つ無いんだ ―――
 彼を止めることも、手伝える事も無い。そんな自分の不甲斐なさに打ちのめされた気になる。
 が、自分の感情など今構っている時ではない。彼が戻ってきてくれること。それ以上に願うことなどないのだから。
 ロイは揺らぐこと無い視線を自分に向けているエドワードを見、はっきりと告げる。
「鋼の、一つだけ約束してくれ」
「約束?」
「ああ、必ず守って欲しい」
 ロイの強い語調に躊躇いを見せるが、エドワードは頷いて返してくる。
「ああ、俺に出来ることなら何でも」
 そう告げて、自分を真っ直ぐに見てくれている彼に、ロイは真摯な思いを籠めて伝える。
「必ず。例えどんな状況になっても、必ず私の前に、もう一度だけ姿を見せに来てくれ」
 そのロイの言葉に、エドワードは瞳を限界まで見開いて、そして、小さく頷き返した。
 必ず、約束を守ると…。




 それから、数ヶ月の月日が過ぎようとしている。
 なのに、彼らからの連絡は無いままだった…。

 

 *****

 凍てついたような日々が、今日もまたロイの上を通り過ぎていく。
 日増しに春の気配を濃くしているというのに、ロイの中では季節はエドワードが旅立った冬のままで
 止まってしまっているようだった。
 暗闇が支配している世界を、力無く家へと戻っていく。
 最近では、家に戻ることさえ恐ろしい気がして、泊り込みを続けていた日々だったが、
 ロイの体調の悪さを慮った副官に、強制的に帰らされてしまった。
 自分が帰っている間に、エドワード達から連絡が入ったらと思うと、家に戻ったところで、
 おちおちと休めるはずも無いというのに…。

 灯り一つ点いてない、無味乾燥な箱に入る為に、ロイは動きの鈍くなっている身体を動かし門を潜っていく。
 と…。
「誰だ!」
 入り口の傍に蹲る人の気配に、瞬間で臨戦態勢をとる。
「……」
 ロイの誰何にも、沈黙で返された相手からは、殺気などの気配は感じないが、だからと言って、
 用心しなくて良いということはない。
 ロイは素早く発火布を嵌めた手をいつでも打ち鳴らせるようにして、気配の感じる場所へと意識を集中する。
「もう一度聞く、そこに隠れているのは誰だ。姿を現さないなら、こちらからいかせて貰うが?」
 脅しを効かせた声音でそう告げると、陰がゆらりと立ち昇ってゆく。そうその気配は、
 まるで煙が立ち昇るように感じられたのだ。
 そして…。
「――― 大佐、ごめん…。俺なんだけど……」
 ガサリと木の陰から現われた相手を、ロイは信じられない思いで凝視した。

 彼が戻ってきたら、言いたい事は山ほどあった。
 連絡も無しに、今までどこをほっつき歩いていたのだとか。
 二人とも無事に元気にしていたのか。身体は大丈夫なのか。練成の守備はどうだったのか。
 リバウンドは、エドワードの、君の負担はかからなかったのかと、問い詰めたいこと、
 知りたいことは山ほどあったが、そのどれもが言葉に成る事はないまま、ロイは駆け寄り、
 きつくエドワードを抱きしめ続けた。
 苦しがるエドワードの様子で、ここに居るのがロイの願望が見せた幻でも、
 殴られた痛さで見続けた夢などでもない事を、漸く実感できた。



「ったく。いきなり締め上げられたら、戻ってきたのに逆戻りしちまうぜ」
 憤慨して、椅子に踏ん反り返っている態度の横柄さが、エドワードがどこも損なう事無く、
 元気で帰ってきてくれた証に思えて、少々赤味の残る頬を撫でながらも、ロイは始終嬉しそうな笑みを浮かべている。
 そして、そっと差し出された手が何を意味しているのかを判ったエドワードが、
 照れくさそうにそっと右手をその上に乗せる。
 ロイは白く華奢にさえ見える細い手を、恭しく、大切そうに、愛しそうに包み込むと、
 触れるのを怖がっているかのように、恐る恐るそっと額を落として乗せる。
「た、大佐…」
 エドワードの予想してなかった相手の反応に、動揺して声が上擦たまま呼びかける。
 ――― 神よ…、感謝致します ―――
 すっかり祈ることなど忘れていたロイが、今、全身全霊で感謝の祈りを捧げたい思いで一杯になる。
「良かった…。戻れたんだな」
 万感の思いを籠めて呟かれた言葉に、エドワードは瞳を瞠る。
 そして、目の前で我が事のように喜びで体中を一杯にしてみせるロイを、じっと黙って見つめ続ける。
 エドワードの瞳の中に映る相手は、今まで見た事がある笑みの中でも、一番綺麗で、嬉しそうで、
 幸せそうな笑みを見せてくれる。
「良かった、鋼の。君が…、君が無事に、こうして戻ってきてくれて」
 心からそう思っている、願っていたことが伝わるロイの言葉に、知らず知らず涙が溢れてくるのだった。
 エドワードが流す涙を、ロイは優しく何度も拭ってくれる。
 ――― 大佐…、俺は…おれ・・は ―――
 言葉にならない想いが、エドワードの体中から溢れ出して行く。
 瞳に映っているロイは、そんなエドワードの様子に、少しだけ困ったような表情を浮かべて、
 それでも嬉しそうに。とても、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
 だから、エドワードは涙を止めれなくなる。
 嗚咽も上げずに泣くエドワードを、ロイは愛し子を宥めるように抱きしめ、あやしてくれる。

 ―――     大佐、俺は…    ―――
 
 余りの優しい抱擁に、エドワードは固く目を瞑り、ただただロイの温もりを感じ続けていた。

 ***



 次に目覚めた時は、明るい日差しが差し込み始めた早朝だった。
 抱きしめられるようにして寝ている場所は…、どうやらロイのベッドのようだった。
 寝たのだろうか? と思わず心配になる相手は、昨夜と変わらず、満ち足りた表情で、エドワードを見つめている。
「おはよう。起こしてしまったかな?」
 言葉と裏腹の表情は、眠り姫の目覚めを待ち焦がれた王子のようだった。
「……… おはよう…」
 この気恥ずかしい状態に付いていけてないエドワードは、そう返すだけで一杯一杯だ。
 兎にも角にも、この体勢は心臓に悪いと、起き上がろうともぞもぞ身動きを始める。
「まだ、起き出さなくても良いだろう? もう少し、ゆっくりとしていたらどうだい?」
「やっ…、そう言うわけには…。ま、まだあんたに何も話してないし、さ」
 腕から離れる温もりに不満そうな表情を見せるロイは、抱きしめている腕に力を加えて引止めにかかるが、
 エドワードは少々強引にも起き上がってしまう。
「話なぞ、これから幾らでも時間が有るというのに」
 そんな不満そうに上げられた文句にも、聞く耳無しと示すようにサッサとベッドから這い出ていく。
「と、兎に角起きよう。あんたに話さなきゃいけない事も有るし」
 そう告げると、エドワードの居ないベッドには未練は無いのか、直ぐにも後を追って付いてくる。

 キッチンで早めの朝食をとも思ったが、何もない家では以前と同じ飲み物くらいしか準備できなかった。
「あんた、相変わらず不健全な生活してるよな…」
 前回とは違って、エドワードがキッチンで飲み物を用意する。
「まぁ、変わらず必要になる生活を過してないのでね」
 肩を竦めて、そんな返事が返ってきた。
 湯気の立ち昇る向うに居る相手を感じながら、二人はゆっくりと深呼吸する。
「で、君が話したい事とは?」
 先に問いかけたのはロイからだ。
「ん…。幾つか有るんだけど、話せば長くなるから、先に要点だけ言うな」
「ああ」
 そう言い出し始めた割には、エドワードはなかなか口を開かずに、視線を彷徨わせながら、
 躊躇っている様子を見せてくる。
「鋼の…。言い難いことでも大丈夫だ。私を信頼してくれないか?」
 察してくれたロイの促しで、エドワードは決心したように面を上げて、ロイと視線を合わせてくる。
「あんたのことは、勿論、信頼してる。多分、誰よりも…。
 それでも俺が今から頼もうとしていることは、あんたにとって迷惑をかける事ばかりなんだ…」
 そう告げてくるエドワードが、余りにも哀しげに見えて、ロイは慰めたい思いに突き上げられるようにして、言葉を綴る。
「鋼の。君がどんな頼みを口にしようが、私は一向に構わないし、迷惑だとも思わないさ。
 それよりも、こうして力になれる事があったと思うと、嬉しくて仕方ないんだ」
 そう告げてくれるロイを、エドワードが沈痛な思いを湛えた瞳で見つめている。
 だから余計に、ロイは必死になって言葉を続けていく。
「本当だ。信じてくれないか。君が願うことで、私に叶えれる事はどんな事でも叶えよう。言ってくれ、君の願いを」
 そんなロイの必死な様子に絆されたのか、漸くエドワードがこくりと頷いて、申しわけ無さそうに話し出す。
「もし…。もしあんたが嫌だと思ったら、遠慮なく断ってくれよな」
 そんな前置きにも、ロイは心の中では『絶対に有り得ない』とは思ったが、
 折角のエドワードの申し出を混ぜ返す事無く、解ったとだけ言う。
「一つには、俺がここに戻ってきている事は、まだ誰にも話さないで欲しいんだ」
「誰にも…?」
「ああ。軍のメンバーにも、そう、俺の幼馴染や師匠達にも、勿論」
「……」
「判ってる、あんたが言いたいことは。皆、俺らの事をずっと心配してくれていたって事は、
 俺もちゃんと判っているんだ。
 けど――。     大佐、術はまだ完成してないんだ…」
 エドワードの予想意外の言葉に、ロイは思わず凝視してしまう。
「し、しかし、君の腕や足は…」
 昨夜、確かめたのだ。どちらも、生身に戻っていることを。
「…俺は失った部分が一部だったから、戻ってくるのも早かった。
 でもアルは違う、全身だ」
「成る程、戻るのに時間がかかっている…と?」
「ああ。俺らがやった練成は、正確には生体練成とは言えないんだ。
 最初の練成の時に、俺とアルの精神と肉体は、どういった法則なのかは解んないんだけど、
 混線したまま繋がり続けていたんだ」
 そんな事が起こりうるのだろうか…。ロイは唖然としたまま、エドワードの話に聞き入る。
「逆を言うと、だからアルの身体を取り戻しも出来た。
 真理の扉を開けて、知った。賢者の石が有ったとしても、失われた肉体を取り戻すことは不可能だって…な」

 ――― あれ程、望を掛けて追い求めた物でも、その願いは叶えられないとは ―――

 ロイは、エドワード達が挑んだ練成の大きさに、空恐ろしい思いを抱きながら、話を聞く。
「けど、それでも理を覆すのに、相当なエネルギーが必要だ。
 術は間違いなく発動した。けど、完了し終わるまでに、時間が必要なんだ」
「…それはどれ位かかるものなんだ?」
 からからに渇いた口内から、掠れた声が漏れる。
「昨日から49日間。一日過ぎたから、後48日間…の間」
 そう返された言葉に、最悪何年もを予想していたロイの中に、ほっと安堵が湧き上がり、瞬間、緊張感が薄れる。
 そんな彼らしくない失態を起こさなければ、そう告げるエドワードの瞳の中に宿る哀しみに気づいた事だろう…。
「その位の日数なら、今までの君達の旅路を思えば、長過ぎるという事はないだろう?」
 そう言ってやれば、エドワードは儚い笑みを、口の端に浮かべ。
「ああ、そうだな…、長いとは言えないよな」
「判った。それまでの期間、君らの事は昨日どうり音信不通で通せば良いんだな」
「ん…、皆には悪いんだけど、それが真理との契約なんだ」
 ――― 契約? 等価交換ではなくて? ―――
 妙な法則も有るもんだと思わないでもないが、土台彼らが行った事自体が、概に法則から外れていると言えばそれまでだ。
「判った。まだ、皆には伝えないでおこう。なぁに、一ヵ月半もすれば、完全に祝えるんだ。もう少しの辛抱だ」
 エドワードを気遣ってのロイの言葉に、深く頭を下げて礼を告げる。
「それと、これは本当に出来ればで良いんだけど、その間、俺をあんた家で匿ってもらえないかな?」
 控えめに告げられた内容が、ロイをどれだけ喜ばせる内容かを判らないエドワードは、
 申し訳なさで消え入りそうな風情を見せている。
 ロイは満面の笑みを浮かべて、快く以上に歓迎する姿勢を示して返す。
「勿論、全く問題も無いさ。それどころか、大歓迎だ。
 君が告げてくれなければ、頭を悩ませ続けても、君を引き止める手段を講じたいと思う程だ」
 喜色満面なロイの表情に、エドワードは深く溜息を吐く。
「大佐…、そんな簡単な事じゃないだろ?」
 大罪を二度も犯した者を、そんな簡単には引き受けてはいけない。
 しかも、練成が発動中となると、どんなリバウンドに巻き込まれるか判らないのだ。
「簡単でも、難しくても問題は無い。私がそうして欲しいんだ」
 戻らぬ相手を待ち続けるよりも、どんな危険や困難が伴おうとも、傍に居て手が伸ばせる処に居て欲しいのだ。
 そんなロイの願いがエドワードに伝わらないはずは無い。
「大佐―――、 後悔するぜ?」
 そう念を押して告げるエドワードに、ロイは何度も頭を横に振る。
「違う、鋼の。傍に居らず、助けの手も差し伸べれない事の方が、遥かに後悔する事になると、私は知っているからだ」
 そう告げ、先ほどまでテーブルの上で固く握り締め、色が変わり始めているエドワードの拳を握ってやる。
 そうして自分に微笑みかけ続けてくれたロイの表情が、更に優しいものに変わったと思った時には、
 エドワードは温かな腕の中であやされていた。
「泣かなくていい。何も、針の先ほども迷惑だ何て思っていないから」
 昨日、声も出さずに泣くエドワードを知った。そんな、こちらまで哀しくなるような泣き方を止めさせたくて、
 ロイは何度も背を撫で、髪を梳き宥め続けてきた。そうやってエドワードの苦しみも、哀しみも分け合えれたらと祈りつつ。
「本当に、本当だ。後悔など、決してしはしないから」
 そう囁く声を聞きながら、エドワードは止まらぬ涙を温かい腕の中で零し続ける。







 ――― ごめんな、大佐……。
        あんたはきっと、後悔する。

酷い俺を許してくれ―――





  ↓面白かったら、ポチッとな。
拍手



© Rakuten Group, Inc.